「上から目線」の構造②
私はまだまだ未熟、バランスの取れた完璧な人間なんかじゃない、とつくづく思う今日このごろ。
じゃ、どこがどう具体的に歪んでいて未熟なのか?それが何なのか、少しづつ気付いて行く。
思えばずっと「上から目線」だったような気がする。小学生のころから。私はこんな田舎で生きる人間じゃないのよ、もともと都会生まれなんだし、高校卒業したら都会へ出るのよ、こんな田舎で一生、生きてくやつらとは違うのよ。それから20年以上が経っても、例えばさとみやその他周囲の人間に対して「私はあなたとは違うのよ!」という想いが消えることはなかった。それは意識的ではなく、ほぼ完全に無意識のうちに勝手に生じていた思想だった。それが正しいとか間違っているとか悪いことだとか、そんな判断をさしはさむ余地もなく。
その思考は、現実から目をそむけるための逃げの思想ではなかった。「私はこんなところで終わる人間ではない」と強く思うと同時に、必死で努力していた。むしろその思考がバネになっていたと思う。今も、「私はこんなところで終わる人間じゃない。」と思うことがあるが、そこにやや逃げの思考が入っているような気もする。
そして、自分のことが大好きだ。自分が好きで好きでたまらない、というかんじ。そして、自己愛の過敏症の方。
常におどおどして人の顔色をうかがい、自分が人からどう見られているかばかり気にしている。過度に控えめで、人の反応に過敏なタイプである。
そのレベルは犯罪者レベルから、周囲に見えないレベルまでピンキリだと思うけれど、少なくとも私にはそういう傾向がある。そういう側面が私の生きづらさを生み出していたのだと思う。
# by sydneyellenwade | 2012-05-22 22:04 | その他 本 | Trackback | Comments(0)



